皆さんは「プラネタリーヘルスダイエット(Planetary Health Diet)」というを言葉を聞いたことはございますか?

これは決して痩せるための新しいダイエット法ではなく、2019年にランセット(The Lancet)という医学雑誌の中で紹介された食生活ガイドラインです。世界16か国37人の専門家/研究者が科学的根拠に基づいて考えた、人間の健康及び持続可能な食糧システムに繋がる食生活として全世界に向けて提示されています(1)。このガイドラインでは具体的な1日の食品摂取目安量を提示しており、先進国を中心に野菜・果実・豆類・ナッツ類の消費量を2倍に、添加糖分及び赤身肉を半分以上削減する必要があると提言しています。当然ながら各国の置かれている生活・自然環境を踏まえた議論が必要ではあるものの、地球環境への負荷を考えた際に食肉の消費量を抑えていくべきであるというのが欧州の中で一般的な考え方となってきています。

プラネタリーヘルスダイエット(The Planetary Health Diet)
出典:EAT Lancet Commissionのウェブサイトより引用。
https://eatforum.org/learn-and-discover/the-planetary-health-diet/
(最終閲覧日2022年8月27日)

オランダでも2016年に政府が発表した食生活ガイドラインで、人間の健康及び地球環境を考えた際に植物由来食品の消費を増やし、肉類をはじめとする動物由来食品の消費を減らしていくべきであると明記しています(2)。そんなオランダでは植物性代替肉(Plant-based Meat)に関する研究開発も活発に行われています。2019年に日本に進出して話題にもなったベジタリアンブッチャー(The Vegetarian Butcher)もオランダ発の企業です。オランダのスーパーに行くと代替肉コーナーがしっかりと設けられており、様々なブランドが並んでいる状況です(以下写真参照)。代替肉コーナーだけでなく、ヴィーガン対応のコーナーが設けられており、商品にもベジタリアン・ヴィーガンマークが表示されているのが一般的です。レストランに行けばベジタリアン・ヴィーガン対応のメニューを準備しているところが多い印象を受けます。なお、ベジタリアン・ヴィーガン対応レストラン検索サイトの「HappyCow」及びレストラン数の統計データから、オランダのレストランの20%以上はベジタリアン・ヴィーガン対応のメニューを提供していると推計できます(注1)。イギリスでは19%、ドイツは15%となっているので、近隣の欧州諸国と比較しても高い水準と言えそうです。一方で、同様の手順で推計すると、日本は1%未満という結果になります(注2)。このように見ると、オランダでは食肉消費を抑えるための選択肢及び環境は他国と比較しても整えられている印象があります。

さて、オランダの消費者は食肉消費のあり方についてどのように考え、行動しているのでしょうか?オランダの一人当たり年間食肉消費量は過去10年で大きな変化はなく、約39kgと推計されています(3)。一方で、オランダ中央統計局(CBS)の調査結果によると18歳以上の約5%が食肉を全く食べない食生活を送っています(4)。5%のうち3%がぺスカトリアン(魚を食べるベジタリアン)、2%がベジタリアン、1%未満がヴィーガンとなっており、食肉消費量を踏まえても、他国と比較して、突出してベジタリアン・ヴィーガンの人が多いというわけではありません(注3)。ただし、同調査によれば、1年前に比べて食肉の消費量が減ったと報告した人が35%となっています。加えて、別の調査では、今後植物性タンパク質の摂取量を増やしたいと思っている人が増加傾向にあると報告されています(5)。つまり、実際の行動には現時点で反映されていないものの、オランダの消費者の意識・考え方に変化が生まれている状況です。

オランダの食文化では牛乳やチーズを中心とする乳製品や肉製品が大きな地位を占めています。このような文化的背景が消費者意識と行動のギャップを生み出しているものと考えれますが、消費者意識の変化とともに、それを実行するための環境が整えられていく中で、オランダでプラネタリーヘルスダイエットを実現するための準備が少しずつ進んでいるものと個人的には捉えています。

ここまでオランダの事情について説明してきましたが、日本はオランダと比較してどのような状況にあるのでしょうか?両国は異なる食文化及び環境を持っていることから、単純に比較することはできないものの、私自身が2年間オランダで留学して感じることは、日本の中では残念ながら環境問題や動物愛護、加えてプラネタリーヘルスダイエットについての活発な議論が行われていないということです。だからと言って、プラネタリーヘルスダイエットを実現するにあたって、日本がオランダより遅れているとも思いません。日本人が日々の生活の中で無意識にやっていること・受け入れられていることが既にプラネタリーヘルスダイエットに繋がるものがあると個人的には思っています。例えばですが、日本のスーパーでは豆腐コーナーが設けられているのが一般的です。豆腐は「豆腐」という固有の食品として、日本では認識されていると思いますが、オランダのスーパーでは、豆腐は代替肉コーナーに陳列されています。実際に、日本人の大豆摂取量は他の先進国と比較しても高い水準にあります(6)。

その一方で、日本の食肉消費量は増加傾向にあります。1960年代初頭は一人当たり年間食肉消費量が3.5kgだったものが、経済発展及び食生活の洋風化に伴い、2020年には33.3kgまで増加しています(7)。食肉消費量の算出方法の違いもあるため一概には判断できないものの、日本の消費量はオランダと比較して大幅に下回っているわけではありません。ちなみに、冒頭で説明したプラネタリーヘルスダイエットのガイドラインでは、一人当たりの推奨される年間食肉消費量は15.5kgとなっており、それと比較しても日本の食肉消費量は高い水準にあります。

加えて、ベジタリアン・ヴィーガン対応のメニューを提供するレストランの割合やベジタリアン・ヴィーガンマークの導入状況を見ると、日本はまだまだ改善の余地があることも感じられます。先ほど述べたように、議論の有無や消費量だけでは、プラネタリーヘルスダイエットの実現に向けてどちらが進んでいるかという判断はできないものの、日本においてベジタリアン・ヴィーガンの選択肢やその環境が、オランダと比較して、しっかりと整えられていない部分が多いと思っています。

オランダで起きている食生活の変化や欧州で進められているプラネタリーヘルスダイエットの議論が必ずしも正しいとは限りません。しかし、日本における食生活のあり方について考え直さなければいけない時期に来ているのかもしれません。それは消費者としてだけでなく、政府や企業の立場としても考えていく必要があると考えています。今回のブログが少しでも自分たちの食生活について、健康面だけでなく、地球環境という側面からも見直すきっかけになれば嬉しいです。

注1:ベジタリアン・ヴィーガン料理を提供しているレストランの割合は、https://www.happycow.net/https://www.statista.com/ の情報をもとに算出しました。オランダでは、レストラン総数が15,500店、ベジタリアン・ヴィーガンレストランが3,469店。ドイツは、レストラン総数71,300店、ベジタリアン・ヴィーガンレストラン10,400店。英国では、レストラン総数が88,310店、ベジタリアン・ヴィーガンレストランは16,574店となっています。
注2:日本の場合はe-Statのデータをもとに算出しました。レストラン総数は453,541店で、そのうちHappyCowに登録されているベジタリアン・ヴィーガンレストランは2,764店となっています。
注3:詳細は観光庁の資料「飲食事業者等におけるベジタリアン・ヴィーガン対応ガイド」をご参照ください。

参考文献
1) Willett, W., Rockström, J., Loken, B., Springmann, M., Lang, T., Vermeulen, S., Garnett, T., Tilman, D., DeClerck, F., Wood, A., Jonell, M., Clark, M., Gordon, L. J., Fanzo, J., Hawkes, C., Zurayk, R., Rivera, J. A., De Vries, W., Sibanda, L. M., … Murray, C. J. L. (2019). Food in the Anthropocene: the EAT–Lancet Commission on healthy diets from sustainable food systems. The Lancet, 393(10170), 447–492. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(18)31788-4

2) The Netherlands Nutrition Centre. (2016). Richtlijnen schijf van vijf (Guidlines Wheel of Five). Voedingscentrum Nederland. https://www.voedingscentrum.nl/professionals/schijf-van-vijf/richtlijnen-schijf-van-vijf.aspx

3) Dagevos, H. (2021). Finding flexitarians: Current studies on meat eaters and meat reducers. Trends in Food Science & Technology, 114, 530–539. https://doi.org/10.1016/j.tifs.2021.06.021

4) CBS. (2021). 6. Vleesconsumptie. Retrieved 27 August 2022, from https://www.cbs.nl/nl-nl/longread/rapportages/2021/klimaatverandering-en-energietransitie-opvattingen-en-gedrag-van-nederlanders-in-2020/6-vleesconsumptie

5) Onwezen, M. C., Verain, M. C. D., & Dagevos, H. (2022). Positive emotions explain increased intention to consume five types of alternative proteins. Food Quality and Preference, 96, 104446. https://doi.org/10.1016/j.foodqual.2021.104446

6) 日本能率協会(2020).新たな種類のJAS規格調査委託事業 調査報告書. 一般社団法人 日本能率協会. https://www.maff.go.jp/j/jas/attach/pdf/yosan-25.pdf

7) 農林水産省(2022).食肉鶏卵をめぐる情勢(令和4年8月). 農林水産省 畜産局食肉鶏卵課. https://www.maff.go.jp/j/chikusan/shokuniku/lin/attach/pdf/index-63.pdf.

この記事のライター
オランダのワーゲニンゲン大学(Wageningen University & Research) に通う学生。もともと日本の企業で数年働いていたが、消費者行動について勉強したいという思いから、会社を退職して留学することを決意。食と農について学生時代から興味があったこともあり、ワーゲニンゲン大学の修士プログラムに進学。

T.K.

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