犬や猫を家族の一員として大切に扱い、思いやりをもって接する人々でも、牛や鶏の肉を抵抗なく食べることができるのはなぜでしょうか。
今回インタビューしたのは、この疑問に答えるために「肉食」に関する心理について長年研究した、ハーバード大学出身で心理学の専門家であるメラニー・ジョイ博士です。
ベストセラー『私たちはなぜ犬を愛し、豚を食べ、牛を身にまとうのか: カーニズムとは何か 』(原題『Why We Love Dogs, Eat Pigs, and Wear Cows』)において、肉食は菜食と同じように、ある信念の体系に基づく一つの「選択」だと、ジョイ博士は説明します。それは肉食を「自然・正常・必要」とするこの信念の体系であり、一般的に普及しているがゆえに、意識する機会が多くありません。ジョイ博士はその信念体系を「カーニズム(carnism)」と名付けています。
カーニズムを意識すると、動物との関わりに変化が起きます。ジョイ博士はそのような変化を生むために、ボストンのマサチューセッツ大学での教授職を辞し、2012年からカーニズムの可視化と、ヴィーガン活動家の育成に関する教育活動を行うNPO法人Beyond Carnism(ビヨンドカーニズム)の代表を務めています。
2023年10月には、ジョイ博士の著書『ヴィーガンとノンヴィーガンのためのコミュニケーションガイドブック』(原題『Beyond Beliefs』)の和訳が出版され、それを機に筆者はジョイ博士にインタビューを行いました。このインタビューでは、日本でのヴィーガン運動との関連性にも焦点を当て、新たな視点からジョイ博士の著作を理解しようとしました。
本インタビューはNPO法人ベジプロジェクトジャパンのインターン生であり、メルボルン大学の博士課程に通う、ルビー・ラムズデンが行いました。前半と後半に分けてその内容をご紹介します。
――私たちの読者の中には、ジョイ博士の活動について詳しくない人もいるかもしれません。取り組まれている活動について簡単にご紹介いただけますか?
ジョイ:私たちBeyond Carnismでは、二つの活動をしています。
一つ目は、「カーニズム」を可視化する活動です。その活動を通じて、カーニズムは社会になぜ根付いているのか、人々の考え方や食の選択をどのように形成しているのか、その構造を可視化することを目指しています。
カーニズムは家父長制や性差別、人種差別、階級制度などといった、社会のあらゆる抑圧的なシステムに似たような構造をもっています。もちろん、それぞれの抑圧の被害者の経験は全く異なるため、カーニズムを他の差別と比較するときには注意が必要です。しかし、その抑圧が成り立っている社会的構造は同じであり、加害行為を駆り立てる心理的メカニズムも同じです。人間を傷つける心理は、人間以外の動物を傷つける心理と同じです。
畜産や肉食は動物の福祉、地球環境、人の健康などにどのような影響を与えているかを知ることで考えや生き方が変わった人が多くいます。同じように、自分の中に深く根付いている抑圧的なイデオロギーを認識し理解することも、畜産や肉食についての考え方を見直すきっかけになります。
二つ目の活動は、カーニズムを終わらせるために日々努力している人々を支援する活動です。カーニズムや動物を食べないことの重要性に関する情報を発信したり、その他ヴィーガンに関する活動を行う個人や団体を支援しています。完全にヴィーガンの生活を送っていなくても、活動をしている人なら誰でも支援を受けることができます。
現代社会の深刻な問題の多くは、機能不全な関係性によって起きるものです。他の動物、他の人、他の社会集団、地球環境、そして自分自身との関わり方によって引き起こされるものです。そのため、Beyond Carnismの一つの活動である「Centre for Effective Vegan Advocacy」では、健康的な関係性を築くために役立つ情報を提供しています。
――具体的にどのような取組みですか?
ジョイ:Effective Vegan Advocacy Centerでは、オンラインコース、ウェビナー、動画、書籍などを提供しています。また、トレーニングの内容によってはオンラインではなく対面で行っています。
例えば、活動家同士での対立を予防するためのトレーニングや、組織内や外部との効果的コミュニケーション、燃え尽き症候群を防ぐための対面でのトレーニングを行っています。
――読者には、ピーター・シンガーの『動物の解放』を読んだことのある読者もいるかもしれません。「カーニズム」は、ピーター・シンガーの「種差別(しゅさべつ・speciesism)」とどのように違いますか?
ジョイ:ユダヤ人差別は人種差別の一種であるのと同じように、カーニズムは種差別の一種です。抑圧の構造は同じですが、種差別は動物の種による差別全般を指すのに対して、カーニズムは畜産動物に焦点を当てる概念です。
――昨年和訳された著書『Beyond Beliefs』の概要を簡単にご説明いただけますか?
ジョイ:『Why We Love Dogs …』では、カーニズムが私たちの考え方を形成し、行動を駆り立て、社会に影響を与える構造を論じました。私たちの多くは、動物を食べることが「正しい」ことだと信じています。そして私たちが「正しい」と思っていることに疑問を問いかけたり、避難したりする人々に対して、防御的になりやすいです。それにより、畜産動物やヴィーガンの人たちとの関係性において課題が生まれます。
友人であれ、恋人であれ、初対面の人であれ、ヴィーガンとそうでない人の間では摩擦が生じやすいです。実際、活動を通して出会ったヴィーガンの人々から、周りの人との関係が崩れ、苦しんでいるという声を度々耳にしてきました。
このような関係性の問題は活動家を疲労させ、運動から手を引いてしまう「燃え尽き症候群」の一つの原因になっています。また、活動家をイライラさせ、周りの人を遠ざけてしまうようなコミュニケーションの原因にもなっています。
このようなことが起きている現状を変えるために『Beyond Beliefs』を執筆しました。この本では「カーニズム」の心理的メカニズムだけではなく、「ヴィーガニズム」の心理的メカニズムにも焦点を当てています。それらを踏まえつつ、ヴィーガンとそうでない人の間でより円滑なコミュニケーションをとる方法を提案しています。
――日本にヴィーガンはまだ少ないです。それでも、『Beyond Beliefs』を和訳された背景は何でしょうか?
ジョイ:ヴィーガンが少ないからこそ、この本が重要だと信じています。仲間が少ないほど、ヴィーガンの人々が必要とするサポートが大きいです。日本でも、ヴィーガン運動や畜産業に関する課題感が少しずつ成長していると思います。ドイツや米国にあるような大きなコミュニティをもたない日本の活動家も支援したいと思っています。
――日本におけるカーニズムは、他国のそれと違いますか?また、カーニズムに関する日本特有の課題があると思いますか?
ジョイ:カーニズムは文化によって異なりつつも、基本的な心理的メカニズムは世界中どこでも一緒だと思います。
肉食の習慣をもつどの文化においても、「食用」と区分される動物の種はほんの一部です。そして、どの文化においてもその区分は「普通」と見なされ、他の動物を食べる異文化は「異常」、「気持ち悪い」、場合によっては「道徳に反するもの」とされる傾向があります。
文化によって異なるのは消費される動物の種類と、コミュニケーションの取り方です。ただ、どこの文化のヴィーガンであっても、ヴィーガンでない人とのコミュニケーションにおいて直面するハードルが似ています。
――日本で『Beyond Beliefs』をぜひ読んでほしいと思うのはどんな人ですか?
ジョイ:『Beyond Beliefs』は、ヴィーガンの人はもちろん、そうでない人も読む価値があると思います。本の最初の数章は一般的な対人関係をより良くするためのノウハウが共有されています。周りにいるヴィーガンやベジタリアンの人と良好な関係性を築く方法についても学べます。
また、この本はヴィーガンやベジタリアンの人が、そうでない知人に「この本を読んで!」とおすすめできるようにも作っています。ヴィーガンではない読者にとって特に重要な章がいくつかあります。本全体を読む必要はありません。例えば、ヴィーガンではない読者を対象とした「私について理解してほしいこと」という付録があります。また、「ヴィーガンではない人への手紙」という付録もあります。そこに書かれている手紙は、読者が好きなように書き換えて、大切な人に共有できるようになっています。
ヴィーガンやベジタリアンの患者さんを受け持っているお医者さん、ヴィーガンのお客さんに食事を提供する飲食店のオーナーさんなど、仕事でヴィーガンやベジタリアンの人と接する機会のある人にも読んでいただきたい一冊です。
ヴィーガニズムについてもっと理解したり、ヴィーガン運動を支援したりしたいと思うヴィーガンの味方(vegan ally, ヴィーガン・アライ)にとっても有用な内容だと思います。
インタビューの前編は以上です。後編はこちらから:
【後編】メラニー・ジョイ博士へのインタビュー:ヴィーガンについて知っておくべきこと「ヴィーガンの味方」になる方法
ご経験やご活動についてご共有いただきました、メラニー・ジョイ博士とBeyond Carnismチーム、そしてジョイ博士の『Why We Love Dogs』および『Beyond Beliefs』を和訳された玉木麻子氏に感謝申し上げます。
もっと知りたい!という方へ
【『ヴィーガンとノンヴィーガンのためのコミュニケーションガイドブック』の入手方法】
メラニー・ジョイ博士の『Beyond Beliefs』の日本語版(『ヴィーガンとノンヴィーガンのためのコミュニケーションガイドブック』)は、Amazon、楽天、紀伊國屋書店などのオンライン書店で購入できます。
【団体情報】
Beyond Carnism
ウェブサイト:https://carnism.org/
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