アメリカのカリフォルニア州アクトン市にある「ファームサンクチュアリー(Farm Sanctuary)」に、VEGETIMEを運営するNPO法人ベジプロジェクトジャパンのチームが訪れました。
ここは、保護された家畜動物たちが余生を過ごすアメリカ初の家畜動物たちの保護施設です。
1986年に設立され、動物を食べない、身に付けないこと等を含め動物たちを搾取しない「ヴィーガニズム」という考え方や、動物たちにが良い環境で暮らせるようにする「動物福祉」の推進を目的に、今もアメリカ国内の2つの拠点で900以上の動物を保護しています。
VEGETIMEのチームが訪れたカリフォルニアの拠点では、ヤギ、豚、牛、鶏などを含む100以上の動物が暮らしています。その中には、アメリカ人俳優ホアキン・フェニックスがアカデミー賞を受賞した翌日に救済した牛など、メディアで広く取り上げられた動物たちもいます。
今回は、訪問の際に出会った動物たちや、ファームサンクチュアリ―で働くスタッフが教えてくれたことなどを紹介します。
名前もバックグラウンドも性格も、みんな違う個性をもつ動物たち
サンクチュアリーの中へ入っていくと私たちを出迎えたのは、スタッフのイアン。暖かい笑顔で私たちに挨拶してくれました。彼は俳優でもあり、約5年前にヴィーガンになったことがきっかけに、2021年からファームサンクチュアリでガイドも務めています。
彼が最初に紹介してくれたのは、丘にある木の下でのびのびとしているヤギたちでした。この丘は彼らにとっての安全地帯です。中には人間に対する警戒心をもつヤギもいます。そのため、イアンは写真にも写っているアリス、ジャネット、エリカ、クレール、フレッディーという名のヤギたちを、遠くから観察しながら、紹介してくれました。
人懐っこいアリスから人に警戒心の強いジャネットまで、性格は様々。ファームサンクチュアリーにたどり着いた背景もそれぞれです。
例えば、クレールは不法運営により摘発された農場から預けられました。その時、クレールは妊娠していました。現在クレールはファームサンクチュアリーで生まれた娘のエリカの傍から片時も離れずに、日々を過ごしています。
「一般的な農場では、子ヤギは生まれてすぐに母親から引き離されます。でも、親子が離れずに一緒にこのように時間を過ごせるのはとても素敵なことです。」と、イアンが説明をしてくれました。
次に向かったのは豚たちの暮らす小屋した。
豚は汗腺がないため、体温調節が非常に重要です。そのため、夏は豚たちが夜型になるそうです。そういうわけで、私たちが訪れた際には、豚たちがお昼寝をしていました。
小屋に入り私たちがまず驚いたのは…その大きさ!
イアンがモーリスという豚に近づき、声をかけました。すると、モーリスが目覚め、ゆっくりと立ち上がりました。イアンがモーリスのおなかを撫でると、モーリスはまた横になり、長い息を吹き出しながら気持ちよさそうにしました。
モーリスは、もう一匹の仲間と一緒に、動物福祉法の違反により摘発されたニューヨークの大規模養豚場から救出され、ここに来ました。
「相当のことがない限り、刑事事件となり摘発されることになんてなりません。彼らがそんな場所でのトラウマを乗り越えて、人間に興味をもち始める様子を見ていくのは、この仕事でやりがいを感じることの一つです。」とイアンが語ります。
ファームサンクチュアリーには動物たちの行動を観察し、学術的な研究を行っているチームもあります。モーリスのように、過酷な背景をもつ動物におけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の研究も行われているそうです。
モーリスと別れ、牛たちに会いに行きました。
「警戒心のある黒い牛も多いので、真正面からは近づかないようにね」とイアンが注意をしましたが、黒い牛たちの中にも人馴れしている牛もいました。それは、人気者のインディゴとそのお母さんのリバーティー。
インディゴとリバーティーは、俳優のホアキン・フェニックスが、映画『ジョーカー』でアカデミー賞を受賞した翌日に救済した牛たちです。ホアキンは授賞式のスピーチでヴィーガニズムについて語り、翌日にインディゴとリバーティーを救済したことがアメリカ中で話題となりました。
その他にも、アメリカで有名な牛たちがここにいました。それはジューン・B・フリーとスーザンです。彼女たちは、2021年にロサンゼルスで起きた40頭の牛の脱走事件で生き残った、たった2頭の牛たちです。
事件が起きた際、脱走した牛たちが次々と捕まり食肉解体施設に送り返されました。そんな中、多くのアメリカ人が逃げた牛たちに共感を寄せたとイアンは言います。世論が変化していった結果、市長のサポートもあり、ジューン・B・フリーはファームサンクチュアリーに解放されることとなりました。その後、8日間も人に捕まらず逃げ続けたスーザンも、ジューン・B・フリーの仲間としてファームサンクチュアリーに迎え入れられることになりました。
私たちが話し込んでいると、突然、カウボーイという名の牛が現れました。彼は私たちの話を遮るようにイアンの元へ行き横になり、まるで「撫でて、撫でて」と言っているかのような仕草をし、とても甘えん坊な一面を見せてくれました。
「保護して助けられる命はほんの一握り」
ツアーの最後に、私たちはイアンにサンクチュアリーでの取り組みや今後の目標について伺いました。
VEGETIME: ファームサンクチュアリーで保護できる動物には限りがあると思いますが、キャパシティオーバーになり、保護の依頼を断ることはありますか?
イアン:できる限りそうならないように、里親のネットワークと協力しています。
一方で、保護して助けられる命はほんの一握りです。家畜動物の数はあまりにも膨大です。米国だけでも、毎年100億以上の家畜動物が人間の消費のために飼育され、命を奪われています。
助かった動物たちが幸せそうに暮らしている姿を見ると心が温まりますが、「保護」以外にも、根本的な課題解決を目指す活動も不可欠です。
VEGETIME:「根本的な課題解決を目指す活動」とは、具体的にどのような活動ですか?
イアン:ファームサンクチュアリーが「保護」と並行して行っている「教育」と「法的アドボカシー」の活動はそれに該当すると思います。
「教育」の活動として、今回のようなツアーの他に、学校で出前授業なども行っています。動物の現状を伝えることで、次世代の立法に関わっていく人の育成や価値観の変革を目指しています。
「法的アドボカシー」の活動として、動物福祉に大きな影響を与える法案を推進している立法に関わる人たちへの支援を行っています。最近の成功例に、カリフォルニア州で豚の飼育に使用されるクレート(ケージ)のサイズに関して新しい法律が制定されたことが挙げられます。その実現に向けて私たちも積極的に働きかけました。
VEGETIME:50年後の未来に、どのような変化を期待していますか?
イアン: 50年前のアメリカには成人の40%以上が喫煙者で、電車の中でも喫煙が当たり前に許されていました。しかし、現在ではその状況は信じられないほど、制度や人々の行動は変化しました。
同じように、50年後には動物の今の状況も振り返って「どうしてこんなことが許されていたのか」と思われるような変化が起こることを期待しています。ヴィーガン商品の需要は急速に増加していて、動物福祉に一生懸命取り組んでいる活動家もたくさんいますので、そのような未来が実現することに希望をもっています。
豚や牛と犬や猫の違いは何だろうか
サンクチュアリーでの滞在を終え、私たちはファームサンクチュアリーで過ごした時間を振り返りました。そこで出会った豚や牛たちは、まるで私たちが家族として大切にしている猫や犬と同じように個性豊かで、それぞれの命の重さを改めて実感しました。実際、どの動物を食べて、どの動物をペットとして愛でるのかは、動物たちの違いというよりも人間側が決めたことなのでしょう。
日本では毎年、404万以上の牛が、895万以上の豚が、3億1372万以上の鶏が肉、乳、卵のために飼育されています*。クレールやモーリス、リバーティーやカウボーイと違って、彼らのほとんどは「工場畜産」と言われる効率化を優先した飼育の元で、麻酔なしに体の一部を切断されたり、身動きが取れない場所で日々を過ごしたりしています。
日本では、完全に動物由来のものを食べないヴィーガンの生活を送るのはまだ難しいかもしれません。しかし、完璧に辞めることができなくても、外食や買い物の際に動物由来の原材料が使われていないヴィーガンメニューやヴィーガンの食材を積極的に選ぶことで、動物へ配慮した市場を支援することができます。そのような選択肢が広まれば、飼育される動物の数も減り、動物の命1つ1つをより大切にできる未来に近づいていくことができるのではないでしょうか。
一消費者として、そしてヴィーガンの「選択肢」を増やす活動を日本で行う団体の1人として、そのような優しい変化に貢献していきたいと私達は強く思いました。
- *出典:「畜産統計調査」、『令和5年畜産統計』(URL)
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